マーラー:交響曲第9番クルト・ザンデルリング&北ドイツ放送交響楽団ザンデルリングのマーラー第9番の先入観を覆す物凄い演奏!驚きの音源の出現です。ザンデルリングのマーラー:交響曲第9番録音はベルリン交響楽団(1979年2月)、BBCフィル(1982年)、フィルハーモニア管(1992年)のセッション3種が残されていますが、4つ目の、それも北ドイツ放送響との組み合わせによる夢のライヴのマスターテープが、スタジオ・ハンブルク・エンタープライジスに保存されていました。1987年12月の演奏で、BBCフィルとフィルハーモニア管の録音のちょうど間に時期にあたります。 ザンデルリングはマーラーの交響曲録音に慎重で、1979年のベルリン響との第9番が初セッションだったといわれ、ディスコグラフィも第4番のライヴ以外は第9番と第10番しかありません。この録音も海賊盤で一部流通しましたが、オリジナル・マイスターからの正規発売となります。【演奏時間】ベルリン交響楽団(I. 27:29/ II. 16:43/ III. 12:48/ IV. 23:24)BBCフィルハーモニック(I. 27:48/ II. 17:14/ III. 13:03/ IV. 24:25)フィルハーモニア管弦楽団(I. 26:26/ II. 16:01/ III. 13:04/ IV. 23:48)北ドイツ放送交響楽団(I. 25:39/ II. 16:45/ III. 12:19/ IV. 25:53)第1楽章は速く、フィナーレは遅いのが特徴。第3楽章にカットがあるため時間は少し短いものの、テンポ自体は特に変わりはありません。各フレーズのコントラストが強く、早い部分でのグロテスクなエネルギーは、ショスタコーヴィチを思わせます。ライヴならではの高揚感に加え、北ドイツ放送響ならではの熱いものとなっていて、フィナーレは涙なしに聴けない感動的なものとなっています。ようやくザンデルリングのマーラー像を示す演奏が登場したと申せましょう。超オススメです。(輸入元情報)【収録情報】● マーラー:交響曲第9番ニ長調 北ドイツ放送交響楽団 クルト・ザンデルリング(指揮) 録音時期:1987年12月7日 録音場所:ハンブルク、ライスハレ 録音方式:ステレオ(ライヴ)【プロフィール】重厚長大スタイルながら情感が非常に豊かな演奏を聴かせたドイツの大指揮者、クルト・ザンデルリングは、ヴァント[1912-2002]やチェリビダッケ[1912-1996]、ショルティ[1912-1997]、マルケヴィチ[1912-1983]と同年の生まれ。 2002年、90歳の歳に引退するまで積極的に指揮活動を展開するなど、老いてますます盛んなのはヴァントと同様でしたが、ザンデルリングの場合は独墺系基幹演目のほかにも、マーラーやショスタコーヴィチ、シベリウスなども重要なレパートリーとしていたのが大きな相違点でした。それにはザンデルリングが辿った音楽家としての道筋も大きく影響していたものと思われます。 1912年9月19日、東プロイセンのアリスに生まれたクルト・ザンデルリング(ザンデルリンクとも)は、個人教授を受けて音楽を学び、1931年にベルリン国立歌劇場の練習指揮者として採用。しかしユダヤ系ドイツ人だった彼はナチスの台頭を嫌って1935年にスイスを経てソ連に亡命、翌年、モスクワ放送交響楽団を指揮して正式なデビューを果たします。 ザンデルリングはこれをきっかけに同オーケストラの副指揮者に就任、その後、ハルコフ・フィルを経て1941年、疎開のためノボシビリスクに長期滞在中のレニングラード・フィルにムラヴィンスキー音楽監督のもと、指揮者陣の一人として迎えられます。 以後、1960年まで20年間続くこのレニングラード・フィル時代には、ムラヴィンスキーと共に同オケの黄金時代を築き上げ、数多くの演奏会を指揮、1958年には日本ツアーにも同行するなど活躍したほか、メロディア・レーベルなどへのレコーディングも相当数おこなっていました。中でもドイツ・グラモフォンに録音したチャイコフスキーの交響曲第4番は、ディスク大賞を受賞するなどザンデルリングの名を大いに高めてもいます。 1960年になるとザンデルリングは、東ドイツ政府からの要請により、設立間もないオーケストラであるベルリン交響楽団の首席指揮者に就任してレベル向上に努め、1977年の退任までのあいだに同オケの実力を一気に高めることになります。退任後も、このオケとの関係は深いものがあり、引退までの40年以上に渡って良好な関係が継続されました。 その間、ザンデルリングは1964年から67年にかけてはシュターツカペレ・ドレスデンの指揮者も兼務し、さらにゲヴァントハス管弦楽団とも密接な関係を保って、海外公演なども精力的に展開。Powered by HMV