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『千人の交響曲』を完成させたマーラーが次に向かったのは、前作とはまったく異なる「異国趣味」の世界でした。 きっかけは友人から贈られた一冊の詩集『中国の笛』。これはハンス・ベートゲが、ハンス・ハイルマンによるドイツ語訳『中国叙情詩集』から選んだ詩を編みなおしたドイツ語詩集で、そのハイルマンの『中国叙情詩集』そのものも、フランス語や英語に訳された漢詩が元ネタになっているものもあるという具合でした。 さらに、ベートゲはそれらの漢詩の一部の「情景」を「人間」に置き換えるなどヨーロッパ的なわかりやすいドラマ性を持ち込んだりし、さらにマーラーはそういった複数の詩をつないでしまったり、最後には自分のテキストを追加したりした結果、元来の包括的な陰陽二元論的世界は、西欧的でシンプルな二元論の世界へと読み替えられ、原詩の世界とは遠くかけ離れてしまった面もあるようです。 もっとも、当時の欧州で流行をみせていたシノワズリーやジャポニズムといったオリエンタリズムそのものが、概して対象とした文化の表層のみを模倣し、それをヨーロッパ的な嗜好で換骨奪胎したうえで受容し、楽しんでいたものであったことを考えれば、『大地の歌』に取り込まれた「中国の詩」「中国風な詩」「中国風な旋律やリズム」といった諸要素も、様々な「引用」をおこなってきたマーラーにとっては、作品創造のいちプロセスに過ぎなかったのかもしれません。 しかし、実際のところ、この作品から感じられる東洋・西洋ないまぜになった独特の雰囲気、日常性の中に諦観が織り込まれたテキストの魅力にはやはり抗いがたいものがあり、「中国語で歌われたらどんな感じだろう」という想像をたくましくしていた方もきっといらっしゃったことでしょう。多音節的なドイツ語による訳詩の響きと、単音節的な中国語の原詩の響きでは、印象が大きく異なるものと思われますし、そもそも原詩とは語数も違うわけですが、ダニエル・ンはここで、原詩のフレーズや単語の繰り返しなどを用いてマーラーの音楽に適合させています。 また、マーラー自身によって追加された終楽章エンディング部分のテキストは、原詩が存在しないため、中国語への翻訳テキストを用い、さらに付録として同部分のドイツ語によるヴァージョンをアルバム最後に収めています。 なお、中国語テキストのセッティングにあたっては、交響曲第6番のCDと交響曲第3番のCD、および第3番のDVD、そして自らのアレンジによる室内編成版『大地の歌』でも知られるグレン・コルテーゼと、ジョアンナ・C・リーが協力しており、その楽譜は近々、国際マーラー協会でもおなじみのユニヴァーサル・エディション(ウニフェルザール・エディツィオーン)から刊行される予定です。 ともかく、この歌曲とも交響曲ともつかないマーラーの『大地の歌』が、実際には当時の一大ムーヴメントでもあった「オリエンタリズム」が反映された作品であることをより強く実感させてくれるのがこの中国語版『大地の歌』であることはまず間違いないと思われるので、過度なペシミズムに偏向しがちだった晩年のマーラー受容に一石を投じるきっかけになるのかもしれません。この作品を書いた当時、マーラーはまだ40代、メトロポリタン・オペラにも招かれ、翌年にはニューヨーク・フィルの指揮者となることも決まっており、新天地への期待に胸がふくらんでいるときでもあったのです。 今回、チェレプニン作品でおなじみの中国人指揮者ラン・シュイのもと、中国語で『大地の歌』を歌い上げるのは、ヨーロッパで活躍するメゾ・ソプラノ、ニン・リアンと、テノールのウォレン・モクの中国人歌手2名。オーケストラは中国系が大多数を占めるシンガポール交響楽団で、レコーディング・セッションはドイツ人スタッフによって進められました。なお、モニターにはB&Wのノーチラスとスタックスのヘッドフォンが使用されています。・マーラー:『大地の歌』(中国語版)[66:01] 1.「大地の哀愁に寄せる酒の歌」(李白「悲歌行」)[08:48] 2.「秋に寂しき者」(銭起「效古秋夜長」)[09:58] 3.「青春について」(李白「宴陶家亭子」)[03:05] 4.「美について」(李白「採蓮曲」)[07:21] 5.「春に酔える者」(李白「春日酔起言志」)[04:48] 6.「告別」(孟浩然「宿業師山房期丁大不至」王維「送別」)[32:01]・付録 7.「告別」エンディング(ドイツ語版)[03:21] ニン・リアン(メゾ・ソプラノ) ウォレン・モク(テノール) シンガポール交響楽団 Powered by HMV
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